身体図式について
- 2020.05.10
- リハビリ

はじめに
「身体図式の問題がある」、「ボディスキーマが低下している」など、
臨床で耳にした事があります。
正直、なんのことを言っているのか、いざどのように介入していけばいいのか、最初は訳が分からない状態でした。
少し簡単にまとめていきたいと思います。
私たちヒトがどのように動いて、どのように学び、習慣化し、成長しているのか。
リハビリでは、どんなことに考慮していく必要があるのかなど、何か一つでも参考になるものがあれば幸いです。
身体図式(Body schema)と身体イメージ(Body image)の違い
身体図式という概念は1911年にイギリスの神経学者のSir Henry Headと
Gordon Holnesによって提唱されています。
身体図式(Body schema)という言葉は、神経生理学、心理学、哲学などの分野などで広く用いられている言葉で、身体イメージ(body image)とは区別されます。
身体図式とは?
姿勢変化によって惹起される新鮮な感覚情報に基づき、時々刻々と更新される自己の体位(姿勢)モデルのことをさし、意識に上る前の脳内身体表現である
Head H, Holmes G( 1911)
無意識に動く時、なんとなく動く時に、身体図式をもとに行動が起きています。
例えば、水の入ったコップを取ろうと思った時に、自分の腕の長さがどれくらいで、どれくらい前に体重を乗せていけば良いかなんて考えていません。
目的の動作を遂行するために、ほとんど無意識に動きます。
また、人混みの中を歩くときに他人とぶつからないように身体をかわす。
この時に生成されるのが、「身体図式」です。
また、道具を使用する際には、その道具も自分の身体の一部であるかのように道具を含めた身体図式を生成しています。
この身体図式が、道具まで及ぶのかを検証した有名な実験があります。
ニホンザルに道具を使わせた際の多感覚ニューロンの活動の変化を調べたものです。
サルに熊手を持たせてエサを引き寄せる実験では、
- 道具を持っていない時、または熊手の使用中止後には、手のひらで触覚と視覚に反応する多感覚ニューロンが活動した。
- 熊手を使用した時には熊手の先端まで多感覚ニューロンの活動が記録された。
その道具の先端には感覚受容器がないにも関わらず、使用時にはその先端まで拡大してたということです。
身体イメージとは?
意識に上る脳内身体表現で、自己の姿勢の知覚から自己身体や容姿などに関する知識まで、心理的・精神的要素をも包含する自己像
Naito E, Morita T, et al.( 2016)
もっと簡単に言うと、自分の体や容姿に対する主観的なイメージ、自分の身体への自己評価ともとれると思います。
自己の身体を対象とする認知であり,心像(イメージ)をともないます。
身体図式は、姿勢の維持や運動の調整において意識下で作動している主体であって、それ自体は意識の志向対象にはなりません。
身体図式の機能局在
身体図式を形成する機能局在は「頭頂葉」とされています。
頭頂間溝では体性感覚情報と視覚情報の両方に発火するバイモダルニューロンが発見され、身体図式生成に貢献しています。
なお、身体に関する感覚は一次体性感覚野(3、1、2野)で初めに情報処理が行われます。
身体イメージの機能局在
機能局在は「左側頭葉」にあると言われていますが、いろいろな考えがあります。
身体図式を構築するものとは?
頭頂間溝において、体性感覚と一次視覚野から背側視覚路を経由して処理された視覚情報、運動野からの遠心性コピーなどの情報の統合が行われます。
ということは、前頭−頭頂連合野のネットワークが重要ということです。
※背側視覚経路について
視覚野→頭頂葉:空間認知(物の位置=where経路)
霊長類の大脳における視覚野のうち、大脳の背側に位置する経路のこと。背側視覚経路には空間の認識と、物に手を伸ばすというような行動の指標となる働きがある。この視覚路には、視野に対する詳細な地図を持ち、そこでの運動をうまく察知し分析している、という二つの際立った機能的特徴がある。
背側視覚経路について、詳しくは
視覚情報と姿勢をご覧ください。
姿勢制御のもとになるもの
日常生活が円滑におこなえるのは、自己の身体を理解し、環境に適応できているからです。
神経系の障害を有する患者の多くは、姿勢制御に関係する体性感覚系・視覚系・前庭系の問題や身体失認・空間失認・病態失認の問題により、身体像に関し問題を抱えている場合が多いです。
支持基底面の安定も、身体図式と自己を取り巻く環境の理解のうえに成り立っていると言えます。
効率良い姿勢・動作は各感覚系を総動員させたうえで成り立っており、その獲得のためには充分な感覚受容が必要だということです。
予測的姿勢制御が働くためにも
予測的姿勢制御が働くためも、適切な身体図式の形成が必要です。
また、大脳半球には相互に抑制するメカニズムが存在し、脳卒中後に非麻痺側ばかりを使ってしまうと損傷された脳に対する抑制が強くなり、情報処理が行いにくくなる。
そのため、左右均等に適切な感覚情報を入力し、自己身体のことをきちんと知覚できるように関わる必要があります。
感覚入力の重要性について
目を閉じて、肘関節が屈曲しないように固定した上で、上腕二頭筋に振動刺激を与えると、肘が伸びたような錯覚が生じます。
これは、筋紡錘が筋の長さを感知するため、私達が目を閉じても関節の位置や動きを常に脳に送り続けてくれているからです。
これを応用したLackner(1988)のピノキオ錯覚の実験があります。
親指と人差し指で鼻をつまんだ状態で上腕二頭筋の腱に振動刺激を与えると、
鼻が伸びるような感覚が得られることを発見しました。
ピノキオ錯覚の現象は、脳が感覚入力情報に対して論理的、総合的な解釈を加えた産物として身体意識を生起させていることを分かりやすい形で示している。
『知覚・認知と運動支援~リハビリテーションへの応用を目指して~ 樋口貴広』
治療の中で、筋紡錘を意識して感覚入力を重視していくことで身体図式を
変化させることが可能です。
そして、身体図式の変化は、そのまま運動の変化に反映されるため、治療には良好な感覚情報を用いることが重要です。
動きがないと、身体図式は更新されません。
身体の中で動かない部分、動かさない部分があると、脳はその部位には動きがないものと判断してしまいます。
また、いくらセラピストが良いプログラムを立案し実行しても、環境の設定が不十分であれば、せっかく実施したアプローチも上手くいかない事があります。
患者さんのいる場所、周囲の環境、治療姿勢、さらにセラピストの操作(タッチの仕方・言動など)など、多くのことを考慮して関わることが必要です。
感覚入力について、詳しくは
感覚入力についてをご覧ください。
まとめ
・身体図式は無意識の脳内身体表現、身体イメージは意識に上る脳内身体表現。
・身体図式の形成については、体性感覚情報と背側経路からの視覚情報との統合が重要となる。
・身体図式の形成・更新のためには、動きが必要。そのための感覚情報の提供がセラピストの役割である。
今回は身体図式について、まとめてみました。
今後は感覚システムや運動学習についても少しずつまとめていきたいと思います。
何か、質問などあればコメントください。
よろしくお願いいたします。
参考文献、参考書籍
・森岡周 協同医書出版社 2006年:リハビリテーションのための認知神経科学入門
・ Head H, Holmes G: Sensory disturbances from cerebral lesions. Brain. 1911; 34: 102‒254.
・Naito E, Morita T, et al.: Body representations in the human brain revealed by kinesthetic illusions and their essential contributions to motor control and corporeal awareness. Neurosci Res. 2016; 104: 16‒30.
・Lackner, J.R.: Some proprioceptive influences on the perceptual representation of body shape and orientation; Brain 111, pp.281-297(1988)
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