視覚情報と姿勢
- 2020.05.25
- リハビリ

はじめに
目は静止していない。つねに動いている。
『視覚保護論(A Discourse of the Preservation of the Sight)』(1599)
ーアンドレアス・ラウレンティウスー
視線が同じ場所に向けられているときでも眼は常に動いており(固視微動)、連続的に脳に情報を送り届けているという。
なぜ、眼は常に動き続けているのでしょうか?何のために?・・・
姿勢制御のところでは、固有感覚が重要ですとお伝えしていましたが、
>>姿勢制御について、詳しくは
【姿勢制御とは】をご覧ください。
「技」は「見て」「盗む」もの・・・
よく昔の職人は「技」はやすやすと教える事はせず技というのは「盗む」ものと表現されることが多かった。(個人の勝手なイメージです)
やはり「見る」ことは、私たちが技の習得、運動学習をしていく、何気なく生活していくために重要です。
そこで、今回は視覚のことを少しまとめていき、姿勢や動作との関係を明らかにしていきたいと思います。
眼の構造

瞳から入った光が角膜と、水晶体(カメラのレンズに該当します)を通ったときに屈折して、網膜(フィルムや撮像素子に該当)で像を結びます。
角膜の奥には虹彩という組織があり、眼の奥に入る光の量を調節しています。
水晶体は厚さ約5mmの透明の組織で、毛様体から出る細い糸(チン小帯)によって固定されています。
毛様体の筋肉の伸び縮みによって、水晶体の厚みが調節され、ピントが合わせられます。
遠い物を見るときは水晶体が薄くなり、近い物を見るときは厚くなって、常に網膜の位置でピントが合うのです。
中心窩(ちゅうしんか)
黄斑の真ん中にあたり、周辺の網膜より少し薄くなっている一点を中心窩といい、そこには錐体細胞が密集しているほかは血管もなく、視力が最も敏感な一点です。
物体が反射した光は、角膜、水晶体、硝子体などを通過して網膜に到達します。
網膜上に投射されたイメージは、2種類の視細胞に受容され、この情報を電気信号に変換し視神経を通して脳へ送ります。
悍体細胞:経時的、空間的に強度や波長が変化する光のパターンとして明暗を認識する。
錐体細胞:色(赤・緑・青)を識別する。
視覚情報
私たちが外界を知覚する際には、滑動性眼球運動、サッケード、前庭動眼反射、輻輳などの眼球運動系が駆動されます。
こうした眼球運動により、急に眼球や頭を動かしても、網膜上で像がブレずに外界の情報を取り込むことができます。
サッケード
視覚目標を視力の高い網膜中心窩で捉えるための急速眼球運動である。中心窩は小さいためサッケードには正確性が求められる。
前庭性眼球運動
頭部が動いた時に網膜上で像がぶれるのを防ぐ役割を果たしています。
マイクロサッケード
眼球の不随意運動の一つであり、高速な跳躍的運動が特徴。
意思でコントロールすることはできないが、注視したときなどにはその振幅や頻度が変化することが知られている。見ている映像の位置を網膜上で常に変化させている。
人間の視線はほとんどの時間、どこかに留まっているので、人間の視知覚の大部分においてマイクロサッケードは決定的な役割を担っていることになります。
両眼視差と運動視差
両眼視差
左右の網膜像の間で、わずかな位置のズレを持っています。人は両眼視差から奥行きを知覚することができます。
両眼奥行き知覚の成立には、背側視覚経路 (V1野から頭頂葉へいたる経路)および腹側経路(V1野から側頭葉へいたる経路)の両方が関与しています。

運動視差
視点または観察対象が移動することによって生じる視差のこと。例えば、列車の車窓からの風景は近いものほど速く動き、遠くのものほど遅く動きますよね。
この速さの違いにより遠近を把握することができます。脳はこの運動視差を利用して立体感、移動速度などを認識しているんですね。
これらは眼の構造(両眼は約6cmほど左右にずれている)により、網膜に映る像が左右で異なるために生じるものです。
これにより、実際に自分がどれくらい動いたか、体性感覚などと照らし合わせて、自分と外界環境との位置関係を把握しています。
視覚野
一次視覚野 (V1) は、後頭葉にあり、視床の外側膝状体から直接情報を受け取ります。
網膜→中脳視神経→上丘→外側膝状体→視放線→視覚野の順番です。
一次視覚皮質に到達した視覚情報は、そこからさらに、『腹側視覚経路』と『背側視覚経路』の2つに分かれます。(Mishkinら 1983,Goodaleら 2004)
この2つの経路は、「物体を知覚するためのシステム」と「行為をするためのシステム」と言われています。


腹側視覚経路
主に対象の色・形状を認識する。一次視覚皮質から「側頭葉」へ向かう(what経路)
海馬に投射される事で記憶からそれがどんな意味を持つものか理解することを可能にしています。
また前頭連合野に投射されることで感情などの処理や、物の形に合わせて何かをするなどの判断がされると言われています。
背側視覚経路
主に対象の位置や運動の情報処理を認識する。一次視覚皮質から「頭頂葉」へ向かう。(where経路、HOW経路)
背側視覚経路は、二次視覚野から2つの経路にわかれます。
①頭頂葉の下部に向かう腹−背側視覚経路
対象の位置や運動を分析し対象を意識することに関わる。
②頭頂葉の上部に向かう背−背側視覚経路
対象の位置や運動、形を分析して、対象に向けた行為の無意識的なコントロールに関わる。
リーチ動作と把持動作
私たちが物を操作する時には、まず手を物体に向けて動かし、物体をつかむ。
リーチ動作と把持動作が必要です。
リーチ動作には、
物体が3次元空間の中でどこにあるのかという物体の位置についての空間的な情報が必要です。物体を対象とした行為を制御するための視覚情報の分析を行います。
これには腹-背側視覚経路が関与しています。
把持動作は、
物に到達する前に前もって手を物体の形に合わせる必要があります(Pre-shaping)。そのため、物体の大きさや形状についての情報が必要になってきます。
Pre-shapingには背-背側視覚経路が関与しています。
そして、把持しながら動作を円滑に行うためには、視覚情報だけでなく、材質や重さなどの知識、過去の経験などによる知識が必要となります。
これには、腹側視覚経路が関与します。

つまり、物体の大きさなどの外的な性質は背側視覚経路、物体の質量などの内的性質は腹側視覚経路が担います。
これらの相互作用によって対象物の操作が行われるということです。
外側膝状体の重要な役割
一言でいうと、取捨選択
視神経から脳に送られる途中で、視床にある外側膝状体とよばれる部分で中継されます。
その中継点では、目からの情報を伝えるシナプスが、5~30個も隣同士に並んでいる構造をしています。
さらに、そのシナプスのうちの一か所に入力があると、まわりのシナプスの反応性を低下させる仕組みがあります。
そのため、目から立て続けに信号が送られてきても、その一部が強調され、その他は取り除かれて、視覚情報を“くっきり”させているんです。
視覚情報が姿勢に及ぼす影響
臨床において、姿勢や運動を学習するために、多くは視覚的情報を手掛かりにしているといっても過言ではありません。
特に頭頸部の動きと密接な関係があります。
腹内側系の中に視蓋脊髄路というものがあります。
「視」が入るので、視覚が関係しています。
視蓋脊髄路
主として中脳の上丘、および一部は下丘から出て、すぐに背側被蓋で交叉し、反対側の脳幹の正中部の近くで内側縦束の腹側を下り、脊髄では前索の前正中裂に近い部分を下行し、頚髄付近に分布します。
その途中で、眼球運動神経核、顔面神経核、小脳へと側枝を出して、ネットワークを形成しています。
眼球運動神経核や顔面神経核とも連絡があるため、頭部の運動と眼球運動を協調的に行う重要な経路ということです。
眼球運動がしっかりと機能するためには、頭頚部との協調的な動き、その動きを保証する中枢部の安定が必要となります。
そうすることで、音のする方に顔を向けたり、気になるものが視野に入ればそちらの方に顔を向けたり、サッケード(衝動性眼球運動)を起こすことができます。
臨床上、姿勢の問題があり、適切な視覚情報(物の形状、大きさ、奥行きなど)が得られにくい、または視覚情報を得るために自ら動くことができない患者さんも多いのではないでしょうか?
結果、歩行やリーチ動作や把持動作に影響を及ぼす可能性が考えられます。
適切な身体運動の実現のためには、適切な視線行動が必要ですね。
まとめ
・物を見ているのは眼ではなく、脳です。
・リーチ動作や物の操作を行うにあたって、視覚経路は重要な役割を果たす。
・視覚野だけでなく、側頭葉、頭頂葉、前頭葉とのネットワークにより適切な行動が制御される。
・視覚情報を取り入れることができる姿勢であるか、課題や使用する物品は適切かを考える必要がある。
・リーチ動作に必要な物の位置や奥行きなどの情報、Pre-shapingに必要な情報、持続的な操作に必要な情報や記憶・経験などとの照合など、少し整理していくと評価、治療が行いやすい可能性がある。
最後までありがとうございました。
参考文献・参考図書
・ノーマン・ドイジ:脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線
・Mishkin, M., Ungerleider, L. G. & Macko, K. A.:Object vision and spatial vision:two cortical pathways. Trends.Neurosci., 6:414─417, 1983.
・Goodale, M. & Milner, A. D.:Sight unseen. An exploration of conscious and unconscious vision. Oxford Unversity Press, Oxford, 2004
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